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​紅暁蓮凌辱(未完)

 紅暁蓮はグラン・ダーファのラグジュアリールームのソファに深々と身を沈め、いつものように大麻入りの葉巻をふかしていた。
 マフィア、紅蓮血盟団の首領。亜熱帯のこのダーファでいつも立ち襟のスーツを身にまとい、よく磨かれた銀の握りの杖を持つ手には子山羊革の手袋。西洋風の紳士のいで立ちだが、顔の眼帯と大ぶりな耳飾りの婀娜っぽさが裏社会の人間の退廃的な色香を匂わせる。まっすぐな黒髪、クリーム色の肌。アジア系の典雅な顔立ち。……だが、魅力以上にどこか重々しい陰鬱さが印象に残る男だ。『若年寄り』の異名は、背負う組織の歴史や懐古趣味じみたファッション以上に、暁蓮の人間不信の老いた高利貸のような眼に由来していると言って過言ではなかった。
 グラン・ダーファはこの街でも五指に入る高級ホテルだ。スイートからは数段落ちるラグジュアリールームとは言え、一般市民には想像もできない壮麗な調度品の数々が埃一つない部屋に配置されている。だが、この都市国家の暗部でそれなりの勢力を占めるマフィアの首領ともなれば、部屋の華美さに圧倒されることもない。暁蓮の端正な姿も、スラムの子供を何百人売りさばいても買えないような一級の工芸品である杖やスーツも、装飾的なシャンデリアがカットされた水晶に乱反射させる光の中で違和感なく部屋になじんでいた。
 いつものように、大麻入りの葉巻をふかしている。いつものように?否。暁蓮は葉巻を持つ手の肘をもう片方の手で掴んでいた。そうしていなければ手が震えているのが一目瞭然だからだ。
「シャオレン」
 よく磨かれた革靴が暁蓮の杖を蹴り飛ばした。毛足の長い絨毯を音もなく滑って行った杖は応接セットから数メートル向こうで止まる。這わなければ手に取れない距離だ、と暁蓮は思う。この高級な絨毯に足を取られて転ぶのを恐れ、膝をついて這って行く自分がありありと思い浮かび、静かに奥歯を噛む。
「私に相談もなく中々大胆に兵隊を動かしたじゃないか、シャオレン。寂しいよ。もっとなんでも相談してほしいんだけどな」
 暁という字と小という字は発音が似ている。「小蓮」は女の名前か、あるいは子供の愛称だ。この男はそれをわかっていて、かならず「小」のシャオで暁蓮の名を発音する。そこに絡みついている性欲や支配欲に暁蓮はいつも吐き気を覚えた。
「お前に確認を取るまでのことか。沙羅門街は昔からうちのシマだ。派手な格好で押し入る連中に俺が何もしなけりゃ明らかにおかしい。色ボケが過ぎて化けの皮の被り方まで忘れたか」
「シャオレン」
 男はどっかりとソファに腰を下ろし、暁蓮の顎を無遠慮に掴んで自分に顔を向けさせた。見慣れた……そして、見るだけで胃が裏返りそうになる碧眼。だが、暁蓮はかれこれ十年以上の付き合いになろうかというこの男が本当にこの色の目をしているのかすら確証が持てなかった。
「君こそ、化けの皮を被っている時間が長すぎてそっちが本当の自分だとでも勘違いしてないかい?シャオレン。私の前で取り繕うこともないだろう。お前は父親の仇にペットとして飼われている哀れなシャオレンだ。そっちが本当の君なんだよ」
 ラシュトゥは微笑する。そのほがらかな笑顔に一瞬で奔流のごとく記憶があふれ出る。本当に嘔吐しそうだった。暁蓮は眉間に深くしわを刻み、ラシュトゥのエリート紳士然とした風貌に紫煙を吐いた。ラシュトゥは顔に煙を受けても全く動じない。精巧な人形かのように微笑したままで、暁蓮のわずかばかりの抵抗になんら意味が無い事を思い知らせてくる。
「おっと。かわいい反抗だな。よしよし、君の健忘症の治療をしてあげよう。ペットだというところまでは思い出せたね?でもお前は猫じゃなくて犬だよ」
「……貴様こそどこぞの腐れ政治家の走狗だろうが。ペットに構っている暇があるのか」
「はは、私の国ではよい仕事をする為にはよいリフレッシュが必要だというのが通説でね。それに、単なるペットとして生かしておいた君の今の地位を見ればわかるだろう?私の趣味はたまに実益になる」
 あるいはこのラシュトゥという男を国際弁護士バロアとして知る男がこの光景を見れば驚愕するかもしれない。麻薬か賭博か、とにかくなにかよからぬ放蕩で身を持ち崩した挙句に紅蓮血盟団に利用される男というのがダーファ裏社会の事情通の見立てだからだ。真実は真逆だった。かつてダーファ独立の理想に共鳴し行動を起こした紅蓮血盟団は宗主国の不興を買い、特にその幹部格は徹底した弾圧を受けた。そして、彼らへの一切の暴力を取り仕切っていたのがこのラシュトゥと言う諜報員だったのだ。いまや紅暁蓮と紅蓮血盟団という組織は完全にラシュトゥの所有物であり、彼の非人道的な任務から真の雇い主を悟られぬための従犯に過ぎなかった。
「あれ、そういう意味では私はオンとオフの区別がついていないのかもしれないなあ。はは、仕事に疲れた飼い主の癒しになるというのはまったくもってペットの第一の役割じゃないか、シャオレン。つまりは君の責任問題だな」
 ラシュトゥは暁蓮の輪郭に手をすべらせ、ピアスをもてあそんだ。両耳のピアスホールもラシュトゥが開けたものだ。大ぶりの耳飾りは、身体装飾としてはやや異様な域の暁蓮のピアスホールを誤魔化すためのものだ。喉元までかっちりと隠すマオカラースーツの下にはラシュトゥの手による加虐の痕跡がありありと残っている。実のところ、いつも身に着けている山羊革の手袋ですら指が欠けているのを隠すためのものだった。
 ラシュトゥはソファの上に暁蓮を押し倒した。少年時代をこの男に嬲られて生きた暁蓮はされるがままに押し倒される。あるいは今は、かつてよりもラシュトゥを恐れてすらいる。ラシュトゥの監禁から逃れる未来など一切見えなかったかつては、この男の犬として振る舞うことはただ息をするのと同じだった。だが、外の世界に出て紅暁蓮であった自分を思い出すと、恥辱は再び焼けた鉄杭のような痛みを帯び始めた。かつての友人達にラシュトゥに飼われる犬であることを知られるのは……思い出の中にある紅暁蓮すらもがそれに塗り潰されるのは、もはやあらゆる汚辱を知り尽くしたと思っていた暁蓮に新たな苦しみをもたらした。
「さあシャオレン、ペットらしく私を喜ばせてくれ」
暁蓮の服に手をかけたラシュトゥの手首を、暁蓮は強く掴んで止めた。
「……今日は気分じゃない」
「はは、躾直しが必要かな、シャオレン?言っただろう。君は気まぐれな子猫ちゃんとして飼ってないんだ。お前は犬だよ。こびへつらい飼い主をぺろぺろ一心に舐める犬だ。……ああ、お前がもうこんな遊びはうんざりだというなら、新しくペットを飼おうかな。沙羅門街にまだ誰にも飼われていないかわいくて元気なのがいるだろう。……あれは、猫にしようかな。ほしがるままに、キャンディもミルクもあげちゃおう」
 暗に幼馴染であるミンを薬漬けの性奴隷にすると脅迫され、暁蓮は目を伏せた。その表情に嗜虐の快感を覚えたのか、ラシュトゥは暁蓮の手を振り払い、自分のネクタイをゆるめる。
「しおらしいのはいいが、かまととぶるのはやめてくれ。君はもう、芸は一通り覚えているだろう?さあ、飼い主がほかのペットに目移りしないように甘えてみせろよ」
ラシュトゥは暁蓮の顎を掴み、唇を重ねた。舌を入れられ、暁蓮はそれに応じる。ラシュトゥの口の中に広がる煙草の味に嫌悪感を覚えながらも、暁蓮はラシュトゥの首に腕を回した。
「そう、そうだよ、シャオレン。いいこだ」
 ある種それがいつものように、振り切れた淫蕩と被虐であれば暁蓮はただ痛みと恐怖に翻弄されるだけで済んだ。ここに及んで、ラシュトゥは精神的な凌辱を楽しむつもりか、暁蓮に恋人同士の睦みあいを演じろという。父親を殺した男に。片目をえぐりそこに陰茎を突き入れた男に。まだ息のあった父親の前で12歳の暁蓮を何度も犯した男に、恋人同士のように積極的なセックスを演じろと。
「……シャオレン、かわいい私のペット。もっとよく顔を見せてごらん……」
ラシュトゥが暁蓮の頬を撫でると、暁蓮はぎゅっと目を閉じた。
「照れるなよ、かわいいな。ほら、君のそのお母さま譲りの美しい黒い目を見せてくれ」
「っ、俺の親のことは言うな」
「なぜだい?たまには思い出話をして故人を偲んでもいいだろう」
「……本当にやめてくれ。……頼む。……お願いします」
 ラシュトゥの拷問で壊された両親はいまだにこちらの世界では畏敬の対象だ。威厳あるマフィアの頭領と美しく気骨のある元舞台女優。暁蓮がもはや忘れかけていたそのイメージが監獄の外では未だに残っている。他人の頭の中にだけ残っている在りし日の彼らの姿。美しい思い出か、自分の記憶の中の惨憺たる現実か。自分の記憶がよみがえるたびに、この世界に残る輝かしい記憶すらそれに蝕まれていくのではないかという恐れに暁蓮は苛まれた。
「君の父上は実に勇敢で死を恐れない方だったね。死も、残される君がどんな目に遭うかも恐れず、自死の機会をちょっと匂わせてやるとすぐにそれを掴んだ。父親に見捨てられた子供でいるよりは、優しい飼い主に撫でられる犬でいる方が幸せじゃあないかって私は思うんだけど……君はどう考える?」
ラシュトゥは暁蓮の髪をつかんで無理やり顔をあげさせた。
「かわいいなぁシャオレン。親の死体から切り取った肉だって食えるぐらいには犬だった君が、人間のふりをさせるとまた人間みたいに苦しむ。でもお前は犬だよ」
 暁蓮の隻眼から涙がこぼれた。それはもはや単に刺し傷から血が溢れるかのように流れ出る。暁蓮はもう、自分の涙と感情の関係性がよくわからない。それは意志や感情よりも、液体としての物理的特性によって流れているように思えた。ラシュトゥは落涙を意に介さず、暁蓮の頭を自らの股間に押し付ける。
「さ、まずは犬らしく舐めてごらん」
 暁蓮はラシュトゥのスラックスのファスナーを口で引き下ろした。下着の中からそれを取り出して口に含む。暁蓮は調教された通りに舌を這わせた。ラシュトゥの下腹は引き締まり、体毛は処理されている。人工物めいた清潔さ。
「ああ、いいよ、シャオレン。そう、そうだ」
 ラシュトゥは犬にするように頭を撫でた。暁蓮は吐きそうになるのを必死でこらえながら奉仕を続ける。ラシュトゥはかなりの遅漏で、そんなところも性拷問や凌辱に向いていた。数年間の監禁で、暁蓮の口はもはやラシュトゥのものの形を覚えきっている。
「はむ、じゅ、じゅる……ん、……」
「さすがに上手だね。君はもう何年私のものを舐め続けてるんだっけ」
 暁蓮の頭が掴まれて前後に動かされる。喉の奥まで突かれて暁蓮はえずく。だが、それでも暁蓮は懸命に舌を動かした。この男の機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。少しでも長く、苦痛に耐えられるように。不意にラシュトゥの動きが激しくなる。暁蓮はラシュトゥの腰にしがみついて耐えるが、ラシュトゥは暁蓮の口からペニスを引き抜き、顔に向けて射精した。
「っ、ん……!」
「ああ、これじゃセックスの後でもう一回化粧が必要だね。にしても、君のきれいな黒髪には白が映える」
「…………」
 暁蓮は無言のまま目を伏せた。ラシュトゥは満足げに微笑み、暁蓮の太腿を無遠慮につかみ、揉むように撫でた。
「ところでシャオレン。今日は久しぶりにお客さんが来るんだよ」
「……待て。あの頃とは違う。俺はもうお前が飼ってる犬ってだけじゃないだろう。お前が俺を組織の看板にしているんだぞ。正気か。紅蓮血盟団の首領が外人の犬というのが公になればお前の本業はどうなる」
 暁蓮が言うと、ラシュトゥは破顔する。
「やれやれ、飼い主思いの忠犬だなあ。心配するなよシャオレン。君はバロアに命じられてそうするんじゃない。君がアウトローらしく退廃的で淫蕩だからやるんだよ」
「……は?」
「今だって君の悪名はかなりのものだろう。性的倒錯者、両刀、冷酷なサディスト」
「それはお前の仕事のための偽装だろう……!」
 ラシュトゥが諜報員としての必要性から誘拐・殺害した人物は数多いが、犯行そのものを隠蔽できず、しかし意図は隠さなければならない場合、後付けの理由として暁蓮はよく活用された。気まぐれで冷酷残忍なサディストであるマフィアのボスの性欲。タブロイドの記者も、噂好きの人々も、複雑怪奇な金の流れや隠された近現代史を追うよりは煽情的なエロとグロとインモラルを好んだ。その筋書きはわかりやすく、刺激的だからだ。
「気分屋で好色な紅暁蓮がさらに日によってはたまにマゾヒストを演じたい気分になるのはそんなに不自然なことかな?」
「……俺に対する信用がお前の動かせる手駒の数だ」
「大丈夫だよシャオレン、君のキャラクターは『ウケている』。そもそもお父上の代ならともかく、麻薬も人身売買も扱う君が清廉ぶった所で仕方がないだろ?君は邪悪で危険な、でも美しい男だ。みんなそういうのが好きなんだって」
「……畜生どもが」
 暁蓮は吐き捨てるように言った。

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